サンダーソンは,生徒をやる価値のある熱狂から隔てかねないという理由で扉への施錠を忌み嫌ったが,そのことは,教育に対する彼の全体的な態度を象徴していた。ある生徒は,自分がやっている課題に熱中するあまり,午前2時に図書室(もちろん鍵はかかっていない)で本を読むために,しょっちゅう寄宿舎からこっそり抜け出していた。校長は図書室で彼を捕まえ,この規律違反に大声で叱責した(彼の気性の激しいのは有名で,彼の有名な格言のひとつは,「腹が立つとき以外は罰してはならない」であった)。またしても,その生徒自身がことの次第を語っている。
雷は通り過ぎた。「ところで,君はこの部屋で何を読んでいたのだ?」。私は自分をとりこにしている研究のことを話し,昼間は忙しすぎて,そのための勉強をする時間がないのだと言った。そうか,そうかと,彼は理解してくれた。彼は私がつけていたノートをざっと見て,それで彼の心は決まったようだ。彼は私の横に座って本を読んだ。それらの本は,冶金学的な工程の発展を扱ったものだった。そして,彼は,発見と発見の価値,知識と力に向けて人類がやむことなく手をのばしつづけること,知ってつくりたいというこの願望の意義,そしてその過程において私たちが学校でしていることについて語りはじめた。私たちは語りあい,彼はこの静かな真夜中の部屋で,1時間近く話をしてくれた。それは私の人生で最も偉大で,最も人間形成に役立つ時間の1つだった。……「さあ,部屋へ帰って寝なさい。このことについては,私たちは昼間に少し時間を見つける必要があるね」。
あなたはどう思うかわからないが,私はこの話を読んで,危うく涙がこぼれそうになった。
リチャード・ドーキンス 垂水雄二(訳) (2004). 悪魔に仕える牧師 なぜ科学は「神』を必要としないのか 早川書房 pp.104-105.
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