日本のミュージシャンに対して,いつ頃から「アーティスト」という呼び方をするようになったのだろうか。私の記憶では,80年代前半あたりからちらほらとその傾向があった。またしても80年代。その頃の対象は,70年代にニューミュージックのシンガーソングライターとしてデビューした人や,その流れを汲む歌手やロックバンドである。彼らは歌手兼作詞・作曲家だから,アーティストと言えるんじゃないかという意味と幾分のリスペクトを込めて,音楽ライターなどが雑誌でそう呼ぶことがあった。
80年代はアイドル歌謡全盛の時代だったので,アーティストとアイドルの違いは比較的はっきりしていた。たとえばアーティストにルックスは必ずしも求められないが,アイドルはルックス命。アーティストに年齢制限はないが,アイドルにはある。アーティストはわがあままでも許されるが,アイドルは素直が一番。アーティストはテレビに出なくてもいいが,アイドルはお茶の間で親しまれてナンボ。アーティストは「生き様」のリアリティを必要とするが,アイドルは虚像で十分。そして,アルバムが確実に売れていくのがアーティストで,シングルが一発ヒットして売れるのがアイドル……といった具合。
大野左紀子 (2011). アーティスト症候群:アートと職人,クリエイターと芸能人 河出書房新社 pp.36-37
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