エジプトの神殿もヴィーナスの彫像もポンペイの壁画もメソポタミアのレリーフもローマのコロセウムもゴシックの教会も,美術,アートという独立した概念,ジャンルのない時代の宗教的,政治的な制作物であるが,必ず美術史の本に登場し,「鑑賞」の対象にされる。この調子でいくと百年後くらいの美術史の教科書には,東京タワーも「シンプルでエレガントな線が美しい」などと記述されているかもしれない。
何がアートなのか。なにを美術として(も)見るか。それは常に現在の視点から語られ,更新されるのである。アートというカテゴリーが誕生し,あらゆる既存の制作物を「アートとして見,鑑賞する」という見方を知ったから,印象派の画家達は日本の浮世絵を「発見」し,そのエッセンスを作品に取り入れた。ピカソにとってのアフリカの仮面しかり,岡本太郎にとっての縄文土器しかり。
大野左紀子 (2011). アーティスト症候群:アートと職人,クリエイターと芸能人 河出書房新社 pp.121-122
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