アート(art)の語源はラテン語のアルス(ars)で,技術,才能などを意味したが,さらにその語源を辿るとギリシャ語のテクネ(techne)に行き着く。テクネは,「内在する原理を正しく理解した上で何かをする(ものを作る)能力」,あるいは「金細工師が持っている実用以上の装飾能力,技術」という意味で使われた。つまり,アートにはずっと昔,「物事の原理の理解」と「装飾技術」という2つの意味が含まれていたのである。それは,アーティスト(芸術家)と呼ばれる人が出現する前,アルチザン(職人)と呼ばれる人々のものだった。それを受け継いだルネサンスの芸術家の作品にも,「装飾」性ははっきりとあった。美術史に残っていない作品には,キレイなだけの壁に飾る「花」みたいな絵もごまんとあっただろう(今もあるが)。アートも元は,花のデコレーションや凝った髪型や化粧と同様,ストレートな美と贅沢に関わるものだった。
装飾的なだけで創造性のない作品,新しい視点を提供していない作品は,アートと言われないことになったのは,近代以降である。意匠性,装飾性はデザインや工芸の十八番であって,アートにとっては二の次だ。デザイン,工芸にとって重要な商品の流通性も,アートにとっては二の次。そうした“狭義のアート”を指して,私達はアートだと認識している。そうでないとアートの輪郭が曖昧になってしまうからだ。
大野左紀子 (2011). アーティスト症候群:アートと職人,クリエイターと芸能人 河出書房新社 pp.175
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