怪我や病気の治療に磁石を利用しようとする発想は,周期的におとずれる流行のようだ。天然磁石または磁鉄鉱は,16世紀初頭,名だたる錬金術師でもあったスイスの医学者パラケルススによって利用された。当時,まかふしぎと思われていた磁石の遠隔作用には,強い力が秘められていた。その力とは,もちろんプラシーボ効果である。この磁石治療は,1世紀後,ロバート・フラッド——第1章で登場した,永遠に稼働する製粉機を発明しようとした医師——によりイギリスに紹介された。フラッドの製粉機はうまくいかなかったが,たしかに磁石にはある程度のプラシーボ効果が認められた。ところがフラッド医師は,「磁石を適切に使用すれば,あらゆる疾患に効果がある」と大きくでたのだった。
磁気治療に利用した「マグネタイザー」としてもっともよく知られているのが,フランツ・メスマーである。メスマーは1778年,この技術を広めようとウィーンからパリに移住し,パリ上流社会の人気者となった。派手な衣装を身にまとったメスマーは,「磁化された」水を満たした大きな桶のまわりに患者たちを座らせた。患者たちには,桶から突き出た「磁化された鉄の棒」を握らせ,メスマーは魔法の杖を振りまわし,患者の治療にあたった。やがて,メスマーは磁化棒がなくても効果があることを発見し,その後は,ただ手だけを振り動かすようになった。メスマーはこれを「動物磁気」と読んだ。
ロバート・L・パーク 栗木さつき(訳) (2001). わたしたちはなぜ科学にだまされるのか:インチキ!ブードゥー・サイエンス 主婦の友社 pp.126-127
引用者注:ここでのメスマーは「メスメル」と呼ばれることもある。また,この出来事が「催眠術」「催眠治療」の始まりである。
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