さて,わが国の自殺報道の特徴を詳しく見ていくと,次のような点に気づかれる。
[引責自殺や親子心中を特にセンセーショナルに報道する]そもそも引責自殺といった概念自体が諸外国にはないのだが,ある種の政治・経済的スキャンダルの渦中で起きた自殺についてわが国のマスメディアは非常に大きく取り上げる。また,親子心中についてもセンセーショナルに取り上げ,同情的な色彩の報道も多い。
[極端な一般化]因果関係について極端に単純化して解説される傾向がある。とくに最近では長期にわたる深刻な不況と結びつけて,「不況」「中年」「自殺」がキーワードとして頻用されて,短絡した説明が目立つ(子どもの自殺の場合は,最近では「いじめ」がキーワードになる。20〜30年ほど前は,青少年の自殺というと,「受験苦」や「試験地獄」などが頻用されていたのと対照的である)。
確かに,わが国が未曾有の不況に見舞われていることは否定しようもないし,真剣に取り上げなければならない問題である。しかし,不況だけが自殺を説明する唯一の原因であるかのように報道されるのは問題である。
自殺の問題を考える時には,背景に存在する可能性のある精神疾患,環境因(過程や職場での問題),不適応を起こしがちな性格傾向,直接の契機などを総合的に判断すべきである。自殺はある出来事をきっかけにして起きたように見えることがあったとしても,ただひとつの問題だけが原因で生じていることはごく稀である。「不況→自殺」といった短絡的な解説が,自殺の危険を内在している他の多くの人々に影響を及ぼす危険を認識すべきである。
[過剰な報道]マスメディアは自殺直後の短期間に過剰なまでに同じ報道を繰り返す。そして,自殺した人が著名人であったり,その時代を象徴するような事件の最中で起きた自殺であればあるほど,一時期,どのメディアもその自殺報道一色になってしまう。また,画像の持つ衝撃は想像以上に大きい。連日のように犠牲者の写真が載せられ,関係者に対する執拗なまでのインタビューが繰り返される。
[ありきたりのコメント]自殺をセンセーショナルに報じた最後に,識者と称する専門家の「戦後の教育のつけ」「会社社会の犠牲者」「個を無視し,集団優先社会の当然の結果」「不況の抜本的対応を先送りにしてきた政府の責任」などといった,ごく当たり前のコメントが添えられる。
ところが,群発自殺の渦中で実際にどのような手立てを取ったらよいのかといったことには,全く触れていない。どのような人に注意を払い,どのようなサインが危険で,どう対応すべきか具体的に解説しているものはほとんどない。
[短期間の集中的な報道]自殺直後の数週間は過剰なまでに集中的な報道が繰り返されるのだが,長期的な視点に基づく問題提起がほとんどない。そして,他に大事件が起きると,とたんに自殺報道は終わってしまう。それまでは過剰な報道合戦をしていたマスメディアが,天災や他の政治スキャンダルやテロといった大事件が起きると,自殺の問題をぱったりと取り上げなくなってしまう。自殺は,長期的な取り組みが必要なのだが,マスメディアの対応は短期的かつ集中的なものに終始している。
[自殺の手段を詳しく報道する]群発自殺では,最初の犠牲者と同様の方法を用いる傾向が強いすでに述べたように,1986年にアイドル歌手の岡田有希子が自殺した後の群発自殺では,ほとんどの青少年が同じようにビルから身を投げて亡くなった。
1994年や1995年のいじめ自殺報道後の群発自殺ではほとんどの子どもが首を吊って死亡している。マスメディアはこの事実を知ってか知らずか,最初に自殺した子どもが首をくくった自宅のバスケットボールのゴールポストを繰り返し大写しで報道する。
また,1998年2月に新井将敬代議士がホテルの一室で溢死したが,その際に,空調の送風口に紐をかけて自殺した。その1週間後に3人の会社社長が国立市のホテルで同時に自殺した時にもまったく同じ方法を用いていたのも単なる偶然ではないだろう。すでに述べた2003年の「ネット自殺」では一酸化炭素中毒が用いられた。このように,本来自殺の危険の高い人に,自殺方法の鍵を与えるような具体的で詳細な報道は避けるべきなのだ。
[メンタルヘルスに関連する啓発記事が極端に少ない]とくに欧米と比べて,わが国では自殺そのものの報道が繰り返されるばかりであり,自殺をどのように防ぐかという啓発記事がきわめて少ない。
自殺がどれほど深刻な事態になっているのか,統計的な事実を取り扱う報道も少ない。また,自殺が迫る危険のある人の特徴,自殺の危険因子,直前のサインを解説する報道もほとんどない。自殺につながりかねない精神疾患についての解説や,それらの疾患には有効な治療手段が現在では各種あることを教育するような報道もない。
自殺してしまった人の背景について微に入り細に入り報道するにもかかわらず,自殺の危険を実際に克服したような実例について報道されることはほとんどないのだ。
[危険を乗り越えるための具体的な対処の仕方を示さない]アメリカでは報道機関に対して,自殺報道の最後に相談機関のリストを掲げるという提言を行なっている。電話相談,精神科医療機関などの連絡先を掲げておくというのだ。日本でもごく一部の新聞で,いのちの電話,警察の電話相談,人権擁護団体などの電話のリストが掲げられたことがあるが,このような配慮は他の多くのメディアも見習ってほしい。
高橋祥友 (2003). 中高年自殺:その実態と予防のために pp.97-101
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