かつて日本で,スパゲティの定番といえばナポリタンかミートソースだった。昨今では事情は変わり,ナポリタンもミートソースも定番ではなくなった。現代で定番と言えば,ペペロンチーノやボンゴレだろうか。また,スパゲティという呼び名も,元来はある特定の形状の麺を指す名称であり,スパゲティの呼び名から,徐々にパスタという麺全体を指す語が使われるようになっていく。その移行期は,1980年代末のバブル経済期から,90年代前半にかけてのことである。
フレンチに比べて,カジュアルで値段もリーズナブルなレストランとして,イタリアンが急増したのもバブル経済崩壊後のことである。そうしたイタリア料理のお店(当時“イタ飯屋”と呼ばれた)には,ミートソースやナポリタンという名称の料理はメニューに存在しない。前者はボロネーゼと呼び変えられ,後者にあたる料理は存在しない。いまでもナポリタンが残っているのは,学生街の喫茶店や,街の洋食屋さん,軽食を出すスナックなどである。ただし,これらの店も時代の変化とともに減りつつある。スパゲティナポリタンは絶滅寸前の料理なのだ。
速水健朗 (2011). ラーメンと愛国 講談社 pp.27
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