こうした“作務衣系”がラーメン屋を代表するスタイルとして完全定着を果たすのは,1990年代末のことだ。そしてそのイメージは,おそらくは陶芸家に代表される日本の伝統工芸職人の出で立ちを厳選としている。第2章では,生産技術で勝るアメリカに,“職人の匠”だけで戦争を挑み大敗を喫した日本が,戦後はものづくりで復興を遂げた経緯を述べただが,90年代のラーメンの世界は,再びものづくりのロールモデルとして“職人の匠”を重視する伝統職人を選んだのである。
ここで一応,触れておくが,実際の陶芸家は作務衣を着ない。少なくとも,人間国宝クラスの陶芸家が着ている写真などを見た記憶はない。作務衣と陶芸の間にはなんの関係もないからだ。そもそも作務衣は,禅宗の僧侶が日常的な業務=作務のときに着る作業着であるが,いまどきの作務衣とされている着物は,それとも違い,戦後に甚平とモンペをミックスしたものである。歴史はきわめて浅く,日本の伝統ともまったく関係がない。
速水健朗 (2011). ラーメンと愛国 講談社 pp.208-209
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