その前に“ラーメン哲学”本というジャンルについて記しておこう。ラーメンで成功した人々が書くのが,ラーメン哲学本である。成功哲学本とは,松下幸之助やスティーブ・ジョブズのような偉大な経営者の生い立ちや人生,ビジネスの哲学について書かれた本のジャンルを指すが,ラーメン哲学本とは,そのラーメン業界版である。ラーメン業界で成功した人々について,驚くほどたくさん本が出ている。すべて集めれば,書店の1つのコーナーを占めるくらいの数にはなるだろう。
ラーメン哲学本には,ラーメン屋を開業する人のための,原価率,客単価,人件費,回転効率といった経営にまつわるノウハウが書かれていると思いきや,まったくそうではない。多くの本に書かれているのは,生い立ち(悪かった過去とか),ラーメンとの出会い,成功までの物語,ラーメンへのこだわり,弟子の扱いといったことである。大物になると,自叙伝だけでも複数冊刊行されている。
例えば,ラーメン界最大の成功者の一人,「博多一風堂」の河原成美は,複数の自叙伝を書いている。その中では若き日の犯罪歴(強盗で服役)などを綴り,同時に,臨死体験や内観療法(心理療法の一種)体験についても書いている。
自分の腕一本で勝負をしなくてはならない世界であり,成功できる人間はごく一握り。そんな,生き馬の目を抜く世界で生きる人間が,宗教やオカルト色の強い自己啓発的な成功哲学にはまるのは珍しいことではないが,他の飲食業に比べ,ラーメンはとりわけそういった傾向が強いようだ。
速水健朗 (2011). ラーメンと愛国 講談社 pp.242-243
PR