日米で差が見られたキーワードとしては,「主我と客我」がある。日本の教科書では時折言及されるが,アメリカの教科書ではまったく言及されず,自我理論について触れる場合は,「自我の構成要素」(物質的自我,社会的自我,精神的自我)ばかりであった。この違いは,『心理学原理』と『心理学要論』の「自我」の章の記述の違いに一致する。『心理学要論』の自我の章は客我と主我の定義から始まるが,これは新たに追加された部分で,『心理学原理』には出てこない。このため,日本においてもごく初期(『心理学要論』出版前後)のジェームズ心理学の紹介では,アメリカの心理学教科書同様,自我の構成要素が取り上げられており,主我と客我は出てこない(元良, 1891; ゼームス氏自我論, 1893)。したがって,日本の心理学教科書で自我に関してジェームズに言及する場合,『心理学要論』が参照され,そのことが日米の心理学教科書におけるジェームズの自我理論に関する記述の違いに影響していると推測される。
藤波尚美 (2009). ウィリアム・ジェームズと心理学:現代心理学の源流 勁草書房 pp.63-66.
PR