さて,『心理学原理』以後のジェームズと心理学を考えるうえでもう1つ検討しなければならないのは,心霊研究をめぐる問題である。ジェームズがハーヴァード大学の心理学実験室をミュンスターベルクに委ねたのは「精神病理学と心霊研究に集中するため」だという解釈があるくらいである。
もちろん,ジェームズは決して素朴に心霊研究を信じて擁護していたわけではない。彼はあくまで科学者としての視点で心霊現象を研究したのであって,心霊現象と呼ばれるものを頭から間違いであると決めつけるのでもなく,逆に盲目的に信じ込むのでもなく,「科学的な方法で検証し」,「科学の囲いの中に持ち込もうとした」のである。たとえば,『心理学要論』の「知覚」の章に,偽の霊媒が執り行なう「詐欺まがいの『降霊術の会』を研究すれば,知覚の心理にとっては最も貴重な資料を提供するだろう」とあるように,心霊現象を冷静な目で見ていた。一方で,「自我」の章では,自我の異常な変化として,異常妄想や転換的自我と並んで霊媒と憑依が取り上げられており,「このような恍惚現象のまじめな研究が,心理学にとって最も必要なことの1つであることを私は確信しており,また私の個人的告白が,読者の1人でも2人でもよいから,自称『科学者』が通常開拓することを拒んでいる領域に導き入れることができるかも知れないと考える」と述べている。また,「自然科学としての心理学」では,「近年心理学に入って来た新生命の殆ど全部が,生物学者,医者,心霊学研究者から来ている」と,すでに心霊研究が心理学に貢献しているとする。ジェームズは,このような心霊研究の研究が人間性の理解に役立つと期待していたのである。
藤波尚美 (2009). ウィリアム・ジェームズと心理学:現代心理学の源流 勁草書房 pp.161-162
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