院試は入試最後の本試験なので,最も厳格に実施されねばならぬとされている。多数の童生を一緒に集めるため,互いに静粛を保たせ,また不正行為を防止しなければならない。そのために学政は十個の異なった印を用意し,童生に不当な行為ありと認めた時は,直ちにその場にきて答案紙の上にその内容に応じてそれぞれの印を押すのである。十個の印とは,
<移席> 自己の席を離れること。童生は1回かぎり,飲茶及び出恭(小用)のために座席を離れることを許されるが,その時には答案用紙を係員のもとに提出しておき,用が終わった後に受領して書き続ける規定になっている。しかし童生はその手続きがめんどうである上に時間も惜しいので,多くは不浄壺を持ちこんで座席の下において用を足すという。もし無断で座席を離れたときには,直ちに係員が来て,答案の書きかけのところへこの印をおす。
<換巻>両人が互いに答案紙をとりかえること。あらかじめ共謀し,学力ある者を頼んで代作してもらおうとしたのではないかとの嫌疑がかかる。
<丟紙>答案紙,または草稿紙を地面におとすことはそもそも不謹慎な行為である上に,常に換巻の機会をつくることが多い。
<説話>話しあい。
<顧盼>四方八方を見まわして他人の答案をのぞきこむこと。
<攙越>他人の空席を見つけて割り込むこと。
<抗拒>係員の指図にしたがわないで反抗すること。
<犯規>答案作成上におかした規則違犯。
<吟哦>口の中でぶつぶついうこと。特に詩を作る時に韻をととのえるためにやることが多いが,これは他の童生の迷惑になることおびただしい。
<不完>日没になっても答案が未完成の場合は,その最後のところへこの印をおす。いつのまにか,誰かが書きたしておかぬともかぎらないからである。
答案の上にこのような印が1つでもおされたからといって必ずしも直ぐ不正が行われた証拠とはならないが,試験官の心象を害すること多大であり,まず落第は免れない。ほかにいくらでも優秀な答案が出ているからである。
宮崎市定 (1963). 科挙:中国の試験地獄 中央公論社 pp.38-39
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