科挙の特徴は,何よりもそれが教育を抜きにした官吏登用試験であるという点にある。歴代の王朝は金のかかる教育をすっかり民間に委譲して,民間で自然に育成された有為の人物を,ただ試験を行なうだけで政府の役に立てようというのである。これははなはだ虫のいいやり方であるが,試験の精神そのものには異議を挟む余地はなく,また試験制度そのものは長い時間の経験を経て世界に類の無いほど完備した外形をとるようになっている。
官吏を採用するに試験を行なうということは,ヨーロッパなどではつい最近まで考えられなかったことである。そこには封建的な風習が長く根強く残っており,官吏は家柄によって採用されたり,あるいはもっと原始的な売官制度が行なわれ,官吏の地位を落札で行なうようなことが長く続いていた。民主主義の最も進んだイギリスにおいて官吏任用に試験を用いるに至ったのは,1870年以後のことであり,アメリカはさらにおくれて1883年のことであった。以後各国がみなこれに倣ったが,実はかかる官吏登用試験制度の開始は中国の科挙の影響を受けたのだという見方が有力である。
宮崎市定 (1963). 科挙:中国の試験地獄 中央公論社 pp.203
PR