1888年までにはフランスのみならずアメリカでも導入が始まっていたという,ベルティヨンの人体測定法が,どのような仕組みで累犯者の身元を特定するのかを,彼自身の説明によりながら,簡単に振り返っておくことにしよう。問題なのは犯罪の記録を記したカードが,アルファベット順に分類されているため,名前がわからなければ記録に到達できないということだった。そこで仮にパリの警察に保存されている1万枚の写真付きカードを,アルファベット順ではなく,人体測定法によって分類することにする。これらのカードから女性や子供の分を除くと,6万枚の成人男性のカードが残る。この6万枚の全体集合は,まず被写体の身長にしたがって,「大」「中」「小」の3つのカテゴリーに分類される。このときベルティヨンは,統計学者アドルフ・ケトレの知見などによりつつ,これらの3集合が正規分布の法則によりほぼ均等に3等分されるとする。したがって分割後にできるのは,およそ2万のカードからなる3つの集合である。
続いてこれらの2万枚のカードを,それぞれ今度は頭骨の長さ(額から後頭部までの直線距離)によって,再び「大」「中」「小」に3等分すると,各集合は約6000のカードからなる部分集合へと分割される。それをさらに頭骨の幅,中指の長さ,足の大きさ,というふうに,項目を増やしてその都度3等分していけば,やがて全体はごく少数のカードからなる多数の集合へと分割されるというわけである。このようなやり方ですでにカードを分類された人間が,しばらくして再び逮捕されたとする。たとえこの人物が名前を偽ったとしても,再び身長や頭骨などを計測して,対応する集合の中を探してみれば,以前の逮捕時に作成されたカードと写真を,比較的容易に見つけだすことができるという理屈である。
橋本一径 (2010). 指紋論:心霊主義から生体認証まで 青土社 pp.111-112
PR