そもそも人体測定法は,分類の指標として優れているとは言えないのではないか。このような根本的な疑問をイギリスから投げかけてきたのが,フランシス・ゴールトン(Francis Galton, 1822-1911)だった。1888年5月,王立科学研究所において「人の身元確認と特徴記述」と題する講演を行なったゴルトンは,ベルティヨンによる人体測定法の原理を説明しながら,人体のサイズに基づく分類では,十分なばらつきが得られないと指摘する。たとえば足の大きい人間は,手の指も長いことが多いだろう。したがって足の大きさに関して,「大」「中」「小」の3分類のうちの「大」に分類された者の多くは,指の長さについても「大」に分類されることになり,計測箇所を増やしたとしても,結局は一部の分類ばかりに偏りが出ることになってしまう。つまり「身体の計測値は,相互に依存しすぎている」のである。では計測値以外に,個人を特定するのに適した特徴は存在するのだろうか。「微妙な点」にこそ,そうした特徴があるのだとするゴルトンが,「おそらくもっとも美しく,特徴的」だとして紹介するのが,「手のひらや足の裏に,きわめて複雑に,しかし規則的な秩序で並んでいる(中略)小さな溝」,すなわち指紋に他ならなかった。
橋本一径 (2010). 指紋論:心霊主義から生体認証まで 青土社 pp.117-118
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