リンネがつけた属名“Musa”が,バナナを示すアラビア語“mauz”から来ている。アラビア語で書かれたイスラム教の聖典,コーランにも聖なる園にバナナが登場するので,この解釈は納得がいく。コーランでは,エデンの禁断の木は“talh”と呼ばれ,これは通常,「楽園の木」と訳されるアラビア語である(あるいはもっと直接的に「バナナの木」と訳される場合もある)。このイスラム教の聖典によると,その木は「長く生い茂った葉の陰で,果実は重なるように実をつけ……季節を選ばず,その実りが途絶えることはないだろう」と記されている。確かにこの描写は,房になった同心円状のバナナが次々と実っていくさまと符合している。
ここでふたたび旧約聖書に話を戻そう。西欧諸国におけるエデンの神話では,裸であることに気づいたアダムとエバは,「イチジクの葉」で体を覆ったとされている。だが,イチジクの小さな葉では,かろうじて大事な部分が隠れるか隠れないかといった程度だろう。それに比べて,バナナの葉は実際に,現代でも多くの地域で衣服(のみならずロープ,寝具,傘など)を作るときに使われる。となると,この場合は,エデンのもうひとつの果実を示す単語は誤訳されたのではなく,すっかり誤解されたということになる。以来,古代史においてバナナはイチジクと呼ばれてきた。インドでバナナを初めて見たアレクサンドロス大王は,これをイチジクと記し,新世界のスペイン人探検家たちも同じことをした。
決定的とも言うべき証拠は,古代ヘブライ語にある。古代ヘブライ語は「モーセ五書」(創世記を含む旧約聖書の初めの五書)が記された言語であるが,シュネイア・レヴィンによれば,禁断の果実を示す言葉ははっきりこう翻訳される——「エバのイチジク」と。
ダン・コッペル 黒川由美(訳) (2012). バナナの世界史:歴史を変えた果物の数奇な運命 太田出版 pp.26-27
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