パナマ病の抑制策がどれも無駄な努力に見えたのは,この病気の伝染力が強すぎたからだけではない。バナナ生産者はまもなく別の問題も心配しなくてはならなくなったからだ。1935年,バナナを枯らす別の病原菌が出現した(南太平洋のフィジー島にある川にちなみ,フィジー語で名づけられた“シガトカ病”は,30年以上にわたってラテンアメリカ全域に広がりつづけてきた旧知の菌よりも,さらに恐ろしい病気となる)。パナマ病同様,この新たな病気もバナナを完全に枯らしてしまうが,感染の兆候が目で確認できないほど早い時期に収穫されると,輸送中にも被害が出てしまうのだ。なんの異常もない状態で出荷されても,市場に着いたときには実が柔らかくなるとか,ひどく変色するといった腐敗が進み,味も臭いも不快なものになっている。さらに悪いのは,シガトカ病は靴や農具,土や水によって広がるわけではないことだった。
この病原体は空気感染するのだ。つまり,パナマ病よりさらに速いペースで広がることになる。ホンジュラスのひとつのプランテーションで発生したシガトカ病は,恐るべきスピードで,この地域のすべてのバナナに広がっていった。避けられないことではあるが,それぞれがお互いのクローンであるバナナは,病気によって一斉に被害を受けやすい。各バナナ会社はこのころ,パナマの太平洋岸に,パナマ病に未感染の地域を開拓し,大規模なプランテーションの運営を開始していた。このプロヘクトは順調に進み,数年たってもパナマ病感染の兆候は見られなかった。だが,代わりにシガトカ病が出現するや否や,この地域一帯のバナナはわずか数週間で全滅してしまった。
ダン・コッペル 黒川由美(訳) (2012). バナナの世界史:歴史を変えた果物の数奇な運命 太田出版 pp.145-146
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