1953年12月15日は運命の日だった。その数カ月前,ニューヨーク市のスローン・ケタリング研究所の研究者たちが,マウスの皮膚にタバコのタールを塗るとガンが発生して死に至ることを実証していた。この研究は報道機関から大変な注目を浴びた。『ニューヨーク・タイムズ』と『ライフ』誌が取り上げたし,当時世界で最も広く読まれていた『リーダーズ・ダイジェスト』誌も「カートン入りのガン」という記事を掲載した。ジャーナリストや編集者はたぶん,研究論文の締めくくりに書かれた劇的な文章に動かされたのだろう。「関連する臨床データが喫煙とさまざまな種類のガンを関係づけていることを考えると,このような研究は急務だと思われる。それは発ガン物質に関するわれわれの知識を広げるだけでなく,ガン予防の実際的な側面を推進することにもつながるだろう」
こうした発見が意外だったはずはない。ドイツの研究者たちは1930年代に,タバコの煙が肺ガンを引き起こすことを明らかにしていたし,ナチスの政府は禁煙キャンペーンを大々的に展開した。アドルフ・ヒトラーは自分のいる場所での喫煙を禁止した。しかし,ドイツの科学者の研究にはナチスへの連想がつきまとったことから,戦後は実際に抑圧されはしないまでもいくぶん無視された。こうした研究が最発見され,独立に確認されるまで,しばらく時間がかかった。しかしそれがいまや,ナチスではない米国の研究者たちがこの問題を「急務」と呼び,報道機関がニュースを流すようになっていた。「カートン入りのガン」はタバコ業界にとって,耐え難いスローガンだった。
ナオミ・オレスケス,エリック・M・コンウェイ (2011). 世界を騙し続ける科学者たち(上) 楽工社 pp.40-41
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