業界のキャンペーンが功を奏した理由の1つは,すべての喫煙者がガンに罹るわけではないということだ。実際,喫煙者の多くは肺ガンにならない。彼らは,慢性気管支炎,肺気腫,心臓病,脳卒中になるかもしれないし,口唇,子宮,肝臓,腎臓,膀胱,胃にガンができるかもしれない。白血病,流産,失明のおそれもある。喫煙習慣のある女性から生まれる子供は,そうでない女性の子供に比べて低出生体重であることがずっと多く,乳幼児突然死症候群の頻度も大きい。現在,喫煙が原因と分かっているか,おそらく原因だと考えられている病気は25種類あり,世界じゅうで500万人がそのために死亡し,そのうち半数は中年で命を落としていると,世界保健機構(WHO)は見ている。1990年代になると,喫煙は有害だと多くの米国人が知ったが,特定の病気と結びつけられない人が30パーセントにも上っていた。医師でさえタバコの害の全体像を把握していない人が多く,調査に回答した医師の4分の1近くは喫煙が有害であることをいまも疑わしく思っている。
業界による疑念の売り込みがうまくいった理由の1つは,あることが原因だというとき,それが何を意味するかを,われわれの多くが本当はよく分かっていないことだ。「AがBの原因である」とき,AをすればBという結果になるとわれわれは考える。タバコがガンの原因なら,タバコを吸えばガンになるはずだと。しかし,生命はもっと複雑だ。科学においては,統計的に原因と言える場合がある。つまり,タバコを吸うとずっとガンに罹りやすくなるということだ。日常的な意味で,何事かを何かの原因と見ることもある——たとえば,「けんかの原因は嫉妬だった」というように。嫉妬は必ず喧嘩の原因になるわけではないが,そうなることは多い。喫煙者のすべてが死ぬわけではないが,半数くらいは喫煙のせいで死亡する。
ナオミ・オレスケス,エリック・M・コンウェイ (2011). 世界を騙し続ける科学者たち(上) 楽工社 pp.74-75
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