また動物実験にもとづく研究では,その論文の導入部分で人間の行動にことよせた説明がされることがよくあります。「人間はこのような状況でこのような振る舞いをする。どうしてそうなるのか,そのメカニズムが動物実験で明らかになった」というような説明です。「でも結局のところサルじゃんか。人間の行動がサルと同じなのかなあ。えっ,なんだ,ネズミの実験かよお」。こんな気持ちで論文を読むこともしばしばです。動物実験を行い,これによって人に対する生物学的理解を深めようとする研究には,基本的な神経回路のメカニズムは人でもサルでもネズミでも同じであろうとの認識が背景にあります。そして動物を通してしかなしえない,脳科学の真理に対する厳密なアプローチは,脳と心の関係の理解には必須であるとともに本質的なものです。
けれども,論文などで時折見かける「だって,ほら,人間のデータでも同じような結果が得られているじゃない」という議論は,動物実験にもとづく研究のレベルの高さを自ら貶めるもののように聞こえます。そしてもし動物実験の結果と人間を対象とした実験結果が異なっていれば,「人間だからね,やっぱりちょっとは違うよ」というお話になってしまうわけです。当然,逆のパターンもあります。人間のデータの論文に,動物実験のデータでうまく合うものだけを引用して自説の根拠とするわけです。動物実験と人を対象とした実験が同じ土俵で正当に議論できるようになるには,まだしばらくかかることでしょう。だからといって議論しないでいるのはもっと悪いことでしょう。
坂井克之 (2009). 脳科学の真実:脳研究者は何を考えているか 河出書房新社 pp.110
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