また別の問題もあります。何もしていないときにくらべて,人がある問題を考えているときには脳のこの部分が活動している,ということが脳画像で示されたとします。でもこの脳領域の活動が,その問題にとくに関係しているという証明にはなっていないのです。たとえば人が画面上に提示された数式を計算しているときに脳のさまざまな部分が活動するというデータが得られました。でもこの活動は,計算に関係した領域だということはできても,計算だけに関係しているとは言えません。何か他のことをやっていても同じ脳領域が活動するかもしれません。事実,数式を見せて計算をするという行動には,さまざまな要素が含まれています。たとえば画面に提示された数字を見るだけでも後頭葉にある視覚領域は活動します。さらに数字として認識するだけでも側頭葉は活動します。また計算そのものだけではなくて,なんでもいいから一生懸命努力しているときには前頭葉が活動します。
計算そのものについて関係している脳領域を同定するためには,画面上に同じように数式を提示し,計算と同じぐらいの努力が必要な別の課題を行ってもらったときの脳活動も測定し,これを計算しているときの脳活動と比較することで,計算しているときだけに活動する,あるいは計算しているときにより強く活動する脳領域を見つけ出さなければなりません。
坂井克之 (2009). 脳科学の真実:脳研究者は何を考えているか 河出書房新社 pp.117-118
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