また特定の人物の脳活動が,他の被験者に対して「異常に」低下していたとしても,これは脳の働きが異常であることを意味しません。脳の使い方は,とくに複雑な思考になればなるほど個人差が大きくなります。脳活動パターンが他の人と異なっていることが異常ということにはなりません。異常かどうかの判断は課題の成績として他の人にくらべて大きく下がっていた場合に使うものです。たとえば,数学の問題を解いているときの脳活動を測定したとしましょう。20人の被験者のうちで1人だけ,前頭葉の活動が「異常に」低下していた人がいました。でもこの人は実は数学専攻の大学院生で,この実験でテストされた問題はすべて楽々と解けていました。この場合,彼の脳活動は「異常」だと言えるでしょうか。むしろ前頭葉をほとんど使わなくてもこの程度の問題など解けてしまう,と解釈されるでしょう。
「異常」という言葉は,「常と違う」という意味ではなく「悪い」という意味で使われてしまっています。脳活動だけで,良い,悪い,という判断はできないのと同様に,正常か異常かを判断することもできません。また,結果としてテストの成績が悪かったからその脳活動の結果としてテストの成績が悪かった,という因果関係を証明しない限り,このような考えは独りよがりの憶測に過ぎないのです。
坂井克之 (2009). 脳科学の真実:脳研究者は何を考えているか 河出書房新社 pp.129-130
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