アイブル=アイベスフェルトなどの文化人類学者は,多くの文化に共通する表情として2種類の笑い——親愛の意味を表わす微笑と反対の非難・排斥を表示する嘲笑とが混在することを指摘している。後者は,唇の端がかすかにゆがんでいることで区別される。微笑と嘲笑,先にみたこの対比はかなり普遍的にみいだされるもののようである。
一見同種の表情が,なぜかくも対立的な意味を帯びるのだろうか。これについて想いだされるのは,いわゆる動物の微笑である。この現象はダーウィンのウマの表情の分析以来動物研究者の注目を惹いてきたのだが,P.レイノルズは,微笑とみられてきたものは実は攻撃—逃避という相反する動機の葛藤の表現であるという。動物の微笑とみえるものは,上唇をまくり上げて前歯を現わし,同時に口の角を引くという2つにより特徴づけられるのだが,これらの先をトゲウオの葛藤反応の例にみたように,歯をむきだす攻撃的欲求と口角を後に引く逃避的動機との同時的表出とみることができる。
藤永 保 (1991). 思想と人格:人格心理学への途 筑摩書房 pp.142
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