さて,「左ききは器用」という俗説の真偽は如何なものなのであろうか。
一般に器用という表現を用いるのは,たとえば,裁縫が上手とか工芸細工に長けているとかを指している。こうした動作を心理学では「感覚運動共応技能」と呼んでいる。つまり,手と目との共応動作のことである。
直接的にこのような疑問に答える研究は意外にも少ない,というかほとんど見あたらない。これは,一般的な単語である「不器用さ」を科学的な用語で定義することが容易ではないことに理由がある。かつて,「不器用さ」に対応する英語「clumsy」を表題にした論文を書いたことがあり,そのときも苦労した記憶がある。その論文では,「箸をきちんともてない大学生は不器用である」という仮説を検証したいと考え,片手の箸で豆をつまんで移動する課題,押しピンを指定された箇所にできるだけ早く次つぎと刺していく課題,片手でボルトにナットをはめ込む課題,片手で靴ひもに結び目をつくる課題の4種類を用意した。箸をきちんともてない学生は,豆の移動と靴ひも課題で有意に成績が劣るという結果であったが,この研究で用いた課題がすなわち器用さを測定する課題と断定する自信はない。器用さを測定する課題を探すのは簡単な話ではないのである。
八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.26-27
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