少し具体的にゲシュヴィンド理論を紹介すると次のように表せる。すなわち,この理論では,男らしさを決定づけるY染色体上にある遺伝子によってコントロールされるH−Y抗原による男性ホルモン(テストステロン)の分泌が,妊娠中の中〜後期において上昇することで,次のような現象が生じるとしている。
(1)左脳の側頭平面に近い後頭葉の発達が遅れる。
(2)右脳の後頭葉の発達が促進される。
(3)右脳の前頭葉の発達が遅れる。
(4)免疫系の発達が遅れる。
(5)神経冠の発達異常がもたらされる。
それぞれについてさらに少し表現を変えて説明を加えよう。
(1)左脳の後頭部位の発達の遅れは,左脳を小さいものにし,左脳が正常に発達することを妨げてしまう。つまり,左ききが生じやすくなり,左ききに言語能力の発達遅滞,発達性学習障害などが生まれやすくなる。
(2)左脳の発達の遅れは,反対側の右脳の対称部位である後頭領野の発達を促進させる。そこで,左ききには数学や造形芸術,音楽など右脳の関与が大きい技能に優れる英才(数学者,芸術家,イデオ・サバン)が生まれる可能性が高い。
(3)右脳の前頭葉の発達の遅れは社会性の発達を遅らせ,対人適応能力に問題をもつことになる。
(4)免疫系の発達の遅れは,アトピー,アレルギーをはじめとする思春期以前の免疫障害をもたらす。
(5)思春期以降の胸腺の発達の遅れは,思春期以降の免疫系の障害を生じさせることになり,感染症やエイズ,リンパ系の障害,偏頭痛が生じやすくなる。
(6)性ホルモンの受容器が刺激されることは,リンパ系以外の部位でのがんの発生率を低下させる。
(7)神経冠に発達異常がもたらされることは,神経系を始めとするさまざまな身体部位の形成異常を生じさせる。
これらの説明から明らかなように,左ききは男性ホルモン分泌上の問題から生じるとするゲシュヴィンド理論からは,左ききには免疫系の病気をもつものが多いとか,天才が多いなど,いくつかの予測をもたらすこととなった。彼の理論は壮大で,複雑で,たいへん興味深いものであるために,現在までに多くの研究者がこの予測の妥当性を検討すべく実験や調査を行ってきた。現時点では,それらの結果は支持するもの,支持できなかったものが混在している状況にある。
八田武志 (2008). 左対右:きき手大研究 化学同人 pp.118-120
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