大脳新皮質によって可能なことが,より単純な脳によっては行えないとする推測が,いかに誤解を招くものかを示す1つの例がある。脳機能の局在性は,人間の脳の左右それぞれの側で,異なった情報が処理されていることをいう。脳に部分的なダメージを受けた脳卒中患者の症例から,また脳の活動を測定する一連の研究から,言語やそれに関連する情報が主として脳の左側で処理されているのに対し,資格情報に基づく思考や顔の認知が通常は脳の右側で処理されていることが知られている。脳の両半球の機能はそれぞれ異なり,これらの活動のちがいは大脳新皮質の内部で生じている。
大脳新皮質の欠如のために魚は痛みを感じる能力をもたないという論理を用いるなら,魚には脳機能の局在性もありえないと主張できるはずだ。ところがそれはまちがいだと判明している。魚の脳は,2つの側のそれぞれにおいて,異なった種類の情報を分けて処理しているのだ。
イタリアのトリエステ大学のジョルジョ・バロティガーラと,パドヴァ大学のアンジェロ・ビザッツァは,多くの共同研究者とともに,いくつかの魚の種が視覚情報を分極化して処理する事実を突き止めた。
ある種の魚は,群れの仲間をみるときには左目を,また捕食動物や新規な物体など,警戒を要するものをみる際には右目を用いようとする。そして情報処理は,脳の2つの領域に分担させると効率が向上する。なぜなら,脳のそれぞれの側が異なる種類の情報を同時に処理できるからだ。これは文字通り並行処理だといえる。腹をすかせた捕食動物が岩陰にひそんでいるような危険な環境のなかで暮らさなければならないのなら,少なくとも2つの情報を同時に処理する能力は不可欠になるはずだ。したがってそれは重要な能力だが,それに大脳新皮質が必要だというわけではない。
ヴィクトリア・ブレイスウェイト 高橋 洋(訳) (2012). 魚は痛みを感じるか? 紀伊國屋書店 pp.31-33
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