ニューヨーク・タイムズ東京支局は,朝日新聞東京本社の建物の中にある。米国では特派員といえども,通勤は公共交通機関に頼る。赴任した直後,帰宅しようと社を出たフレンチ氏はふと視線に入った風景に疑問を抱き,筆者に問いかけてきた。
「朝日新聞の経営陣は,なぜみな揃いも揃ってあんなに若いのか?」
最初,フレンチ氏が何のことを話しているのか理解できなかった。しかし,どうやら黒塗りのハイヤーに乗って取材先に向かう記者たちのことを指してそう言っていることに気づいた筆者は,こう説明した。
「彼らは経営者ではない。記者だ」
フレンチ氏は驚いたような表情を見せて,さらに質問を続ける。
「そうか。それにしても朝日新聞の記者たちは金持ちが多いんだな」
フレンチ氏の大いなる勘違いは,まだ解けていないようであった。再度説明を加えた。
「あれは会社の車だ。日本では一部の記者たちはハイヤーで取材をするのだ」
それを聞いたフレンチ氏はさらに信じられないといった表情で,黒塗りのハイヤーを見つめている。筆者は,日本では「夜討ち朝駆け」という取材方法があり,朝日新聞のみならず政治部記者であるならば,大抵,取材先にはああいった。ハイヤーで向かうのだ,という説明を行った。だが,それでもフレンチ氏は解せないようで,こう語るのであった。
「あんなことで本当の取材ができるのか?あれでは一般市民の目線から乖離してしまうではないか。政治家や経営者と同じ視線に立ってしまって,一体どんな記事が書けるというのか」
上杉 隆 (2008). ジャーナリズム崩壊 幻冬舎 pp.97-98.
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