魚の前脳の機能についてよりよく理解するために,スペインの研究者たちは金魚の脳の特定の領域に注意深くダメージを与え,その魚が何を行えなくなるかを観察した。魚の前脳には特殊な領域があることが次第にわかってきたが,それらの領域の機能を分析すると全体像はかえって混乱した。というのも,哺乳類にみられるものに類似する領域はみつかったのだが,哺乳類とはまったく異なる場所にあったからだ。
そこで研究者たちは,胚発生から成魚になるまで,魚の脳がどのように発達するのかを注意深く観察した。つまりどの領域の細胞組織がどのように特化し,どの構造に発達するのかを魚の成長に沿って観察したのである。そして,それによってはじめて全体像が明らかになった。
きわめて困難な作業のすえ,スペインの研究チームは「陸生の近縁種に比べると,魚の脳は,裏返しになっている」と発表した。つまりヒトの場合には脳の内部に埋もれている器官が,魚の場合には脳の前部に向かって外側に開いていたのだ。
この顕著な相違は,胚発生のある重要な段階で生じる。哺乳類の場合には,脳の発達は神経管からはじまる。脳は平らな板の状態から発達を開始し,やがてこの平な板の外側のヘリに位置する構造が向かいあうような方向へと内転しはじめる。
それに対し,ほとんどの魚の胚発生においては,それとは逆の現象が起きる。脳の細胞組織へと発達する予定の神経管のヘリの部分は,外転と呼ばれるプロセスによって互いに離れはじめ,その部分の構造が引き裂かれるようにして前方に押し出されていくのである。
ヴィクトリア・ブレイスウェイト 高橋 洋(訳) (2012). 魚は痛みを感じるか? 紀伊國屋書店 pp.134-135
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