マリナーが火星に到着する前に,セーガンは大胆な予測をしていた。この赤い惑星の大気は,2種類の安定した気候状態のどちらにも定まりうるのではないかと提案したのだ。厳寒で乾燥したいまの時代のほかに,もう1つのより穏やかな状態があって,そこでは生命を維持することすらできるかもしれない。この予言は,塵がおさまったあとにマリナーが地球に送ってきた火星表面の鮮明な画像によって実証された。かつて一部の天文学者が想像した運河はどこにも見えなかったが,地質学者は,はるか昔に巨大な洪水が惑星の表面を引き裂いていたことを示すはっきりした印をたしかに目にした。セーガンと共同研究者による計算から,火星の気候システムのつりあいは,比較的ささいな変化によって1つの状態から別の状態,さらにまた別の状態へと切り替わるようなかたちのものだということが示唆された。
スペンサー・R・ワート 増田耕一・熊井ひろ美(訳) (2005). 温暖化の<発見>とは何か みすず書房 pp.113-114
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