科学のすばらしい点は,すべてを一度に理解する必要はないということだ。科学者は,たとえばビジネスや政治に関する決断を下さなければならない人とは違う。科学者はあるシステムを,理解できる見込みがあるような単純なものに分割することができる。とはいえそれは,その仕事に一生を捧げた場合の話だが。大勢の人々がそのような研究方法をとってきたわけで,眞鍋淑郎もその1人だ。「スーキ」という愛称で呼ばれる眞鍋は,第二次世界大戦直後の困難な時代に東京大学を卒業して気象学にキャリアを求めた青年たちの1人だった。野心があり独立心旺盛な彼らは,日本国内で世に出る機会がほとんどないまま,結局はアメリカに渡って業績をあげることになった。1958年,眞鍋はジョン・フォン・ノイマンが設立した計算機モデリンググループへの参加を要請された。このグループは1955年に現実的に見える局地的気象をモデルでつくり出すという画期的成果をあげ,その後フォン・ノイマンは野心的な目標をもつプロジェクトのために政府の資金を獲得していた。彼のチームは,流体力学とエネルギーに関する基本的な物理方程式から直接に気象を導く,前地球の3次元の大気の大循環モデルを組み立てようとしていた。この取り組みは,1948年にワシントンDCの米国気象局でジョゼフ・スマゴリンスキーの指揮のもとで開始されていた。
スペンサー・R・ワート 増田耕一・熊井ひろ美(訳) (2005). 温暖化の<発見>とは何か みすず書房 pp.136-167
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