今日の日本にとって残念なのは,キヤノンやホンダといったアメリカ人がよく知っているブランド,すなわち欧米企業と競争するために独自の革新的な戦略を編みだした有力国際企業がGDPに貢献している割合はたったの10パーセントに過ぎないという事実である。残りの90パーセントは,規制によって高度に保護された国内市場だけで商売をする無名企業によるものだ。かつて日本が新たな産業をゼロから創出するのに役立った不可解なルールが,今では有望な新参参入者たちが低価格でサービスを提供したり,既存の業者に挑戦することを難しくしている。ある日本人起業家が北海道で,アメリカのジェットブルー航空のような格安航空会社(北海道国際航空 エアドゥ)を設立したが,日本政府の政策が原因となって,じきに経営破綻に追いこまれた。米大手玩具チェーン,トイザらスは,日本に大型店舗を展開しようとしたとき,店舗の規模を厳しく制限するという不可解なルールがあることを知った。エコノミストのリチャード・カッツはこう結論している。「産業政策が,勝者と敗者を分けるものだとすれば,日本低迷の本質的原因は,勝者を鼓舞する政策から敗者を保護する政策へと徐々に転換していったことにある」
マイケル・ジーレンジガー 河野純治(訳) (2007). ひきこもりの国:なぜ日本は「失われた世代」を生んだのか 光文社 pp.162-163
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