未熟な論理の「悪い例」で私のお気に入りは,1989年8月22日に,ニューヨーク・タイムズの科学別冊,『サイエンス・タイムズ』に掲載された,ネコについての記事だ。記事にはこうある。「専門家は,ネコのよく知られた生存能力に関して,驚くべき証拠を発見した。今回の発見は,この時期ネコが高層ビルの窓から落ちやすい,ニューヨーク市内という特殊な環境下でのことだ。研究者たちはこの現象を,ネコ高層症候群と呼んでいる」。
私の興味を引いたのは,どのようにしてネコが落下しても生き延びたかという解説だった。それによると,「たとえば,1984年6月4日から11月4日までのあいだに,132匹のネコが落下により動物医療センターに収容された。……そのうちほとんどが,コンクリートの上に落ちた。ほとんどが生き延びた。専門家たちはネコが生き延びた原因は,物理的な法則や,優れたバランス感覚,そしてムササビ術とでも呼ぶべきものだろうとしている」。
「(獣医師たちは)132匹のうち129匹が何階から落ちたのか記録している。2階から32階までのあいだで,……うち17匹が飼い主によって処分されたが,その理由の大半はケガが致命的だったからではなく,治療費が払えなかったからだ。残りの115匹のうち,8匹がショックと胸のケガで死亡した」。
「もっと驚くべきことは,落下距離が長いほど,生存率が上がっているということだ。7階以上から落ちたネコ22匹のうち死んだのは1匹だけで,9階以上から落ちた13匹のネコのうち骨折したのは1匹だけだった。32階からコンクリートの上に落ちたネコ,サブリナは,肺にわずかな穴があき,歯が欠けただけだった」。
「なぜ,高層階のネコのほうが下層階のネコよりも生存率が高いのだろうか?1つの説明として考えられるのは,落下スピードはある速さに達したらそれ以上増えない,というものだ(獣医師たちが言うには),……ネコの場合,その「終端速度」に速く到達する。ネコの終端速度は時速60マイルで,人間の大人の終端速度は時速120マイルだ。2人の獣医師が推測するに,終端速度に達するまでのあいだ,ネコはスピードの増加に対して反射的に足を突っ張り,それによってケガをしやすくなる。しかし,終端速度に達するとネコはリラックスし,足をムササビのように広げ,その結果空気抵抗が高まり,衝撃を均等に分散させられるようになる」。なるほどと思い,私はこの記事をとっておいた。
その後しばらくして読者から,「なぜネコは,高い場所から落ちても脚で着地できるのか,説明してください」との投書が来た。私は,コラムに先の研究を引用して次のように書いた。「驚くべきことに,長い距離を落ちたネコの方が生存率が高かったのです。7階以上から落ちたネコ22匹のうち21匹が生き延びました。9階以上から落ちた13匹はすべて生き延びました。32階からコンクリートに落ちたサブリナは,肺に小さな穴が開いたのと歯が欠けただけで済みました。彼女はその日,山盛りのツナをもらったんでしょうね」。
後になってそのコラムを読み返してみたとき,その統計が気になったが,理由はわからなかった。一度も,元の記事に載っていた文言を,詳しく吟味してみようとはしなかったのだ。だから,私がやっと気がづいたのは,アシスタントがこの記事に関するたくさんの手紙を,私の机まで持ってきたときだった。最初の手紙は,ニューヨーク州ブルックリンのパメラ・マークスからだった。「私の2匹のネコは別々にテラスから落ちましたが,残念なことに2匹とも死んでしまいました。1匹は10階から落ち,もう1匹は14階から落ちました。私はこれらの事故を医療機関に報告しませんでしたし,ほかの人たちもネコの死を報告したりしないでしょう。私の2匹のネコをあなたの統計に加えて,9階以上から落ちた15匹のネコのうち,少なくとも2匹が死んだと言ってください」。この時点で,私の間違いは明らかになった。どうして最初に,この点を見逃したのかわからない。
マリリン・ヴォス・サヴァント 東方雅美(訳) (2002). 気がつかなかった数字の罠:論理思考力トレーニング法 中央経済社 pp.95-96
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