それでも,産業関連表を使って「おかしな経済分析」をする人々,特に医療関係者の中には,「医療産業の波及効果は,その他の産業よりも高いので,医療産業は成長産業である」として,医療産業への公費拡大を「成長戦略」として,正当化しようとする人々がいます。
しかし,まず第1に,これは事実に反しています。先の日本医師会総合政策研究機構の分析結果ですら,非効率と批判される公共事業のほうが,医療産業への公費投入よりも,波及効果が大きいことを報告しています。しかも,既に述べたように,医療産業のような規制産業の波及効果の推計は,明らかに過大で信用できません。
第2に,公費への依存率が高い医療産業と,公費にそもそも依存していない「その他の産業」を比較しても,成長戦略としては,あまり意味がありません。既に述べたように,成長産業というのは,公費に頼らずとも自律的に成長する産業のことですから,現在の日本の医療産業が成長産業でないことは明らかです。
第3に,公費に頼って医療産業を拡大させてゆくということは,その公費拡大を行う分だけ,国民から増税という形で所得を奪い,本来であれば,その他の産業に向かっていたであろう「お金」を縮小させています。公費による医療産業の拡大は,その副産物として,その他の産業の縮小を伴うのです。したがって,医療産業拡大が,国全体の成長率にどう影響するのかを議論するためには,医療産業の拡大と,それによって割を食うその他の産業の縮小を差し引いて,トータルの効果を考えなければ意味がありません。既に述べたように,それはプラスマイナスゼロか,将来的にはマイナスの効果を持っていると考えられます。
第4に,より根本的な問題ですが,スナップショットの産業関連表の波及効果と,成長戦略にとって重要な「潜在成長率」はそもそもあまり関係がない概念で,産業関連表で成長戦略を議論すること自体に,実は,ほとんど意味がありません。
鈴木 亘 (2010). 財政危機と社会保障 講談社 pp. 92-93
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