第3章で少し触れましたが,実は,厚生年金にせよ,国民年金にせよ,設立当初は積立方式で運営されていました。今でも,厚生年金で140兆円,国民年金で10兆円ほどの積立金があるのは,かつて年金制度が積立方式で運営されていたことの名残なのです。何十年もの間,運営されているうちに,いつの間にやら積立方式から賦課方式に切り替えられてしまったのです。ではなぜ,現在の年金制度は,賦課方式になってしまったのでしょうか。
その理由を端的に言うと,政治家や官僚が年金積立金を無計画に使ってしまったからに他なりません。その使い道の1つは,歴代の自民党政権が人気取りのために,当時の高齢者たちに行った年金の大盤振る舞いです。特に,田中角栄が首相であった1970年台前半に始まった大盤振る舞いは大規模で,当時の高齢者たちの年金額を,彼らが支払ってきた保険料をはるかにしのぐ水準に設定しました。また,当時の勤労者の保険料も,彼らが老後に受け取る年金額から考えると,はるかに低い水準に据え置かれ続けました。このため,既に蓄えられた積立金は取り崩され,本来はその後もっと蓄えられるべきであった積立金が,プールされないまま放置されたのです。
また,その他の積立金の無駄遣いとしては,厚生労働省や旧社会保険庁の官僚達が,天下り先の特殊法人や公益法人を通じて浪費した人件費やプロジェクト,旧社会保険庁自体が行った福利厚生費への流用,グリーンピアやサンピアといった巨大保養施設の建設費等が挙げられます。
こうした大盤振る舞いと無駄遣いの結果,巨額の積立金が失われました。厚生労働省自身の最新の計算によれば,本来,厚生年金で830兆円,国民年金で120兆円存在しなければならない積立金は,2009年時点で厚生年金が140兆円,国民年金が10兆円程度存在するにすぎません。つまり,差し引きで,800兆円(厚生年金690兆円,国民年金110兆円)もの積立金がこれまで浪費されてきたことになります。
鈴木 亘 (2010). 財政危機と社会保障 講談社 pp. 138-139
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