1348年には,フランス国王フィリップ6世が,パリ大学医学部にペストの発生源を調査するよう依頼している。医学部の詳細にわたる<意見書>は,土星と木星と火星が災いをもたらす配置になっている,ということから始まる。その配置のせいで,土や水から病の“気”が立ちのぼり,空気を汚染する。この有毒な空気を感染しやすい人が吸い込むと,病気になって死ぬ。どういう人たちが感染しやすかったのだろう?病気の招きやすさは,ギリシャ・ローマ時代にもいくらかは認められており,その時代には,肥満,不摂生,過度に激しい気性が挙がっていた。パリ大学医学部の教授たちは,こういったことに付け加えて,中世の人々を恐怖に陥れる新しい要因を挙げた。湯浴みだ。湯浴みの体を湿らせて柔らかくする効果が危険だというのだ。熱と水がいったん皮膚にある毛穴その他を開いてしまうと,ペストは簡単に全身に侵入してしまうというのだ。
その後200年ほどのあいだ,ペストに脅かされるたびに声高に叫ばれたのは,こうだ。「浴場も入浴も,頼むから避けろ。さもないと死ぬぞ」。とはいえ,この考えに異を唱える者もいた。ペストが発生していた1450年,シャルル7世の侍従医だったジャック・デ・パールはパリの浴場の閉鎖を呼びかけたが,共同浴場の経営者たちの激しい怒りを買ってしまい,トゥルネーに逃げ出すはめになった。しかし16世紀前半までは,フランスの浴場は,ペストが流行っているあいだは閉鎖になってもしかたがないと思われていた。1568年には,今度は世論を代弁するかたちで,「蒸し風呂と共同浴場は禁止すべきである」と王室付き外科医のアンブロワーズ・パレが書いている。「なぜなら風呂から上がると,肌と肉,そして体の器官全体が柔らかくなり,細孔が開くからである。その結果,悪疫の“気”はたちまち体に入って,頻繁に観察されてきたとおり,突然の死を引き起こすのである」。悲しいかな,当時としては最先端の医学にもとづいたアドヴァイスも,おそらく多くの人々が感染するのを止めることはできなかっただろう。入浴を避けて不潔になっていけばいくほど,ノミにたかられやすくなってしまったからだ。現代では,ノミがネズミから人間にペスト菌を運んでいたと考えられている。
キャスリン・アシェンバーグ 鎌田彷月(訳) (2008). 図説 不潔の歴史 原書房 pp.89-90
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