20世紀初めのドイツの精神科医エミール・クレペリンは,科学的な精神医学の創始者と考えられているが,彼は「オニオマニア」と呼ぶ精神障害について提唱した。ギリシャ語で「売り出し」を意味する言葉「オニオス」に由来するオニオマニアは,悪い結果が予測できるのにもかかわらず,病理的で制御不能な衝動に駆られて買い物をしてしまう障害である。精神医学のもう1人のパイオニアであるスイスの精神科医オイゲン・ブロイラーは,その症状を「衝動的精神異常」と表現した。2人とも,オニオマニアを深刻な精神障害とみなしていた。この障害を持つとされた有名人に,メアリー・トッド・リンカーン(第16大米国大統領夫人。浪費癖で知られた)やイメルダ・マルコス(元フィリピン大統領マルコス夫人。亡命後残された大量の奢侈品が話題となった)がいる。認識されたのは早かったオニオマニアだが,精神医学界においても心理学界においても実質的に無視されていた。1990年代初めに「強迫性買い物障害」と名称を改められたこの障害は,精神医学,心理学,経営学,そして人類学においてさえも,大いに注目されるようになった。
強迫性買い物障害が精神障害とみなされるかどうかにかかわらず,そのために多くの人がたいへんな苦しみを味わっている。経済面から見ると,こうした買い物をする人は,そうでない人の2倍の借金を背負っている。彼らは過度の買い物により,結婚生活でも法律上でも困難に直面し,感情的な負担——恥ずかしさ,後悔,気分の落ち込み——に苦しむ人が私たちの身の周りにどれほど多いか,やっと分かり始めたところだ。スタンフォード大学の精神科医ロリン・コーランたちの研究により,米国の成人の6パーセント近くが,この障害を抱えていることが明らかになった。この問題は女性に多そうに思える(そのような研究報告もある)が,最近になって男性も女性と同様にこの状態に陥るという研究結果が報告されている。
ランディ・O・フロスト ゲイル・スティケティー 春日井晶子(訳) (2012). ホーダー:捨てられない・片付けられない病 日経ナショナルジオグラフィック社 pp.93-94
(Frost, R. O. & Steketee, G. (2010). Stuff Boston: Houghton Mifflin Harcourt)
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