だが風向きは変化しているようだ。1つには,エイドリアン・レインという元非行少年の研究者のおかげかもしれない。英国でいろいろと問題を起こしたあと,レインはオックスフォードに進学して心理学で博士号を取得し,世界でも有数の神経犯罪学者の1人となって,いまはペンシルヴェニア大学で研究を続けながら教壇にも立っている。レインが発見したのは,犯罪者とその他の人々のあいだにはさまざまな身体的違いがあることだった。
反社会的人格障害の人たち(法を犯しがちな人たち)は,実際にほかの人々に比べて冷血,つまり血液の温度が低いことがわかった。安静時の心拍数も少ない。汗もかきにくい。長期的な研究では,心拍数が低かった3歳児が11歳になると攻撃性が強く,23歳時には犯罪を犯している傾向がみられたという。レインはロサンゼルスで21人のサイコパスの脳を調べ,前頭前皮質(レインが「守護天使」と呼ぶ部分で,辺縁系から湧き起こる攻撃的な衝動の見張り役)がノーマルな脳よりも平均して11パーセント小さいことを発見した。レインと同僚は別の研究で,殺人者の脳では前頭前皮質の活動が通常の人に比べてかなり低いことを明らかにしている。たぶん理性が働く脳の領域の処理能力が低いので,かっとなったときに暴力を爆発させる可能性が高いのだろう。
このような研究結果から,この人々には自分の行動に責任を取るだけの自己コントロール能力があるのか,またどの程度の罰を与えるべきか,それとも罰するべきではないのか,という疑問が生じる。しかし懲罰に代わる処分(予防措置として生涯,監禁する?)もあまり現実性があるようには思えない。それにサイコパスにはインセンティブが効かないかどうかもはっきりしない。なかには責任を取らされることを知っていて自制する者もあるらしい。怒りに関する研究では,実際に暴力的な衝動のある人でも懲罰や報酬には反応することがわかっている。
ダニエル・アクスト 吉田利子(訳) (2011). なぜ意志の力はあてにならないのか:自己コントロールの文化史 NTT出版 pp.251-252
PR