ふつうの人はあまり知らないが,マジシャンや“超能力者”は,実際に技を披露するまでに,準備にたっぷり時間と労力をかける。イギリスのマジシャン,デイヴィッド・バーグラスの例をご紹介しよう。
彼はロンドンの裕福な銀行家が住む3階の部屋に招かれて,技を披露することになった。バーグラスは銀行家から空の牛乳瓶を借り,それに長い紐をくくりつけ,部屋の窓からゆっくり下へ降ろした。
つぎに彼は果物のボウルから梨を1個とり,どこかへ消してしまった。そして銀行家に,紐を引っ張って牛乳瓶を引き上げるように頼んだ。引き上げてみると,なんと瓶の中にその梨が入っているではないか。瓶の口からは,絶対に入らない大きさの梨である。
いかにもその場での即興に思えるこの手品の裏には,長期にわたる計画がひそんでいた。何ヵ月も前にバーグラスは梨の木に若い小さな実を見つけ,その枝の1本を空の牛乳瓶に入れた。時間とともになしは瓶の中で大きくなり,それが一見常識ではありえない手品の小道具になった。
実行するにあたって,バーグラスは助手にあらかじめ表に出ていてもらい,3階から降ろした牛乳瓶を,梨が入った牛乳瓶と交換させた。そのようにして,彼は手品がはじまったのはほんの数分前と信じ込んでいる客たちをだましおおせたのだった。
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.116
PR