数多くの実験で,くり返し同じことが実証されている。人は誰でも,自分を正確な目撃者と考えたがる。だが実際には,私たちは目の前で起きたできごとを無意識のうちに誤って記憶しがちであり,だいじなディテールを見すごすことが多い。
私たちの脳は,自分が置かれている環境の中で,どの部分に最も注目すべきか,目の前にあるものを認知する最良の方法はなにか,たえず模索を続ける。たいていの場合,脳の判断は正しい。だからこそ人は効率よく効果的な方法で,世の中を的確に認識できるのだ。だが時折あなたは,この優秀な脳の働きをつまづかせるものに遭遇する。視覚の錯覚は,あなたの目を完全にあざむく。
そして“超能力者”は,マジックのごく初歩的なトリックで,あなたに奇跡を目撃したと思わせる。彼らはいかさまの可能性を考える隙をあたえないよう,あなたの虚をつく巧妙な手を使い,トリックの証拠を即座にあなたの記憶から消し去る。
そう考えながら眺めると,鉛筆回しもスプーン曲げも奇跡のあかしではなく,あなたの目と脳がいかにうまくできているかを,如実に物語るものなのだ。こうした技を披露する人物は,たしかに驚異的な力の持主である。だがその偉力は超自然的なものではなく,心理的なものだ。
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2012). 超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか 文藝春秋 pp.128-129
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