毎日,大量のリン鉱石が採掘された。おもにアイランダー(islanders)と呼ばれるツバルやキリバスといった近隣の島々からやってきた人々が操る数十台のパワーシャベルが掘削にあたった。第二次世界大戦中に日本軍が占領する以前に,アイランダーと呼ばれる人々の一部はすでにナウルに移住し,鉱山の奥底で中国系労働者とともに汗を流していた。戦後になって掘削作業が近代化されたとはいえ,リン鉱石の回収ならびに仕分け作業には,人手が必要であった。ナウル独立にあたって,アイランダーは鉱山で働くためにナウルに残った一方で,中国人たちは,島でレストラン,雑貨店,さらには食料品店などを開き,商売に精を出した。アイランダーたちは,昼間はナウル・フォスフェート・コーポレーションのために島の中央台地で働き,アイウォ地区の海沿いに建つ低家賃の集合住宅で眠った。ここでは,夜になるとさまざまな人種が集まり,夜遅くまで歌い,トランプに興じたりして過ごした。彼らはここから少し離れたところに住むナウル人と交流することはなかった。
というのは,ナウル人はすでに働く必要がなかったからである。とりわけ,鉱山で働くナウル人は誰一人としていなかった。彼らが働くとすれば,公務員として,公益の追求というよりは,涼しさを求めてエアコンの効いた役所の建物のなかにおいてである。というのは,ナウルは小型の集産主義国家のような様相を呈していたからである。ナウル・フォスフェート・コーポレーション,エア・ナウル,ナウル銀行,海運会社のナウル・パシフィック・ライン,これらすべては国営企業である。ナウルの犯罪発生率は高くないにもかかわらず,警察も大量の雇用を抱える就職先の1つであった。しかし,ナウルのような小さな島の暮らしは,全員が知り合いであり,お互いがお互いを見張っているようなものである。また国民は生活に不自由しておらず,物を盗む必要などなかった。
リュック・フォリエ 林昌宏(訳) (2011). ユートピアの崩壊 ナウル共和国:世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで 新泉社 pp.60-61
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