「島の人たちは,たった数年で価値観を失ってしまったのよ。我慢することがなくなったの。例えば車よ。ナウル人はみんな車が大好きなの。毎日,島のまわりをぐるぐるドライブするだけなのに,自分の兄弟や遠い親戚よりも大きな四輪駆動に乗りたがるのよ。1970年代には,車が6台も7台もあった家族もいたわ。同じ時代,西側諸国ではせいぜい車は一家に一台だったのによ」
「びっくりするような光景に何度か出くわしたわ。道端で車が故障していたの。故障といっても大した故障じゃないのよ。タイヤがパンクしたとか,ガス欠とか,その程度の故障よ。ところが,いったいどうしたと思う?運転手は道端に車を放置してどこかへ行ってしまったの。ときには車の鍵を誰かそのへんの人にくれてやることもあったわ。『来週になれば注文した四輪駆動車が港に到着するから,別にいいんだよ』だって!」
ヴィオレットは一息ついた後,堰を切ったようにこう言った。
「あぁ,信じられない光景を見たことを思い出したわ。私はこの目ではっきりと見たの。お祭りの日に,オーストラリア・ドルをティッシュペーパーの代わりに使っている人がいたのよ。本当よ」
リュック・フォリエ 林昌宏(訳) (2011). ユートピアの崩壊 ナウル共和国:世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで 新泉社 pp.66-67
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