匿名の修道士たちがこの最悪の仕事に関する感想を残している。のちの中世の写本の余白には,彼らの落書きがあり,印刷時代到来前の時代に西洋文化を保持するのがどんなことだったのか,興味深い人間洞察の機会を与えてくれている。あるものは「写字の技法は難しい。目が疲れるし,背中は痛むし,腕と脚には痙攣が走る」とうめき,またあるものは「神さま,寒すぎます」と簡潔に述べている。そして3人目は,筆者室でのその日の作業の終了を,「仕事が終わった。さあ,ワインをくれ!」と祝った。
寒さに震える筆写人たちがつくりあげた作品は,印象的であるとともにきわめて貴重であり,中には表紙に宝石や貴金属をちりばめたものもあった。だからこそ修道院は侵略者の標的となった。8世紀に入ると,ヴァイキングが本島のブリテン島にまで攻めてくるようになった。何百時間もかけて制作されたものが盗まれ,金を払って買い戻されたりした。793年,リンディスファーンを襲ったヴァイキングは,修道院に壊滅的な打撃を加え,有名な福音書を奪った。福音書はいったん海に落ちたものの,無事に回収されたのだった。
トニー・ロビンソン&デイヴィッド・ウィルコック 日暮雅道&林啓恵(訳) (2007). 図説「最悪」の仕事の歴史 原書房 pp.38-39
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