しかし,治療床屋には占星術の知識も求められた。中世の医術は1500年の歴史を持つ偽科学の延長線上にあった解剖学よりも,自然界の要素に関する神秘主義的な理解を基礎としており,ギリシャ時代の医者ヒポクラテスの影響を色濃く受け継いでいた。彼は世界は土と空気と火と水という4つの要素で構成されていると唱え,同様に,こうした性質,つまり“体液(ヒューモア)”の量の違いによって,すべての人の気質を表わすことができるとした。健康な人とは,この4つの体液のバランスが保たれた人のことだった。
ヒポクラテスの時代から1500年が経過していたにもかかわらず,診断方法に本質的な違いはなかった。患者の体つきや,顔の色つやを観察することによって,その人の気質の中で粘液,血液,黄胆汁,黒胆汁の4つの体液のどれが優勢かを判断した。そのあと患者の尿サンプルを分析し,それをカルテと見比べると,それで初めて,どの体液の調整によってバランスが取り戻せるかを考えることができるのだ。
治療床屋の仕事が本格的に不快になるのはここからである。中世には,リトマス試験紙も試験所での検査もなかった。患者を診断するときは,その名もジョーダンと呼ばれる湾曲したフラスコに尿サンプルを取った。カルテの助けを借りて尿の見た目や臭い,それに実際味わってみることで診断を下した。
患者の症状が特定できたら,治療に向かう。ある体液が少なすぎるまたは多すぎる場合は,食事や運動,下剤や利尿剤や吐剤,瀉血といった治療法が,単独であるいは複数組み合わされて指示される。
トニー・ロビンソン&デイヴィッド・ウィルコック 日暮雅道&林啓恵(訳) (2007). 図説「最悪」の仕事の歴史 原書房 pp.75-76
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