中世後期の建築現場の絵のほぼすべてに,起重機が描かれている。小型の起重機は外側から輪を回転させて動かした。荷物の上げ下ろしだけでなく,軸回転できるような大型の起重機を設置するときは,小型の起重機か巻き上げ機を使って部品を大聖堂の上に持ち上げておいて,組み立てた。
起重機を動かしたのは,踏み車を漕ぐ2人の人間だった。彼らは文字どおり建築界の大改革のど真ん中にいたと言える。1日中,ただ歩いているだけだとしてもだ。
この最悪の仕事に採用されたのは,地元に住んでいた目の不自由な人だったと言われている。起重機は建築中の建物の最上部に設置されたので,町やその周囲の田園地帯を一望できたはずだ。地元にはそれほど高いところにのぼったことがある者も,そこまで遠くまで見たことがある者もいなかっただろうから,ただ眺めるだけでスリル満点,不安になるに違いない。だが,木製ケージの中で働く踏み車漕ぎは,不安定な状態で宙に浮いていた。彼らが歩くのは細い木の板でしかなく,あいだには狭い隙間があったので,絶えず落ちこみそうな,何もない空間と向きあわされた。そこで理屈として出てきたのが,視力に問題のある人なら,よく目の見える人を苦しめるであろうめまいを避けられるのではないか,という考え方だった。
トニー・ロビンソン&デイヴィッド・ウィルコック 日暮雅道&林啓恵(訳) (2007). 図説「最悪」の仕事の歴史 原書房 pp.94-95
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