17世紀には,弦づくりの技術革命があった。それ以前のヴァイオリンの弦は3本だけだった。弾力のある輪ゴムをはじいてみたことがあればわかることだが,短くて太い,ピンと張った弦は高音を出し,太くて長い弦なら低音になる。ヴァイオリンのつくり手たちは,ヴァイオリンに合うように短くてなおピンと張った,いちばん低い音を奏でる太い弦をつくりだすのは無理だとあきらめていた。
その問題がついに,羊の腸の繊維を撚り合わせるという新手法によって解決した。現代の4弦ヴァイオリンを誕生させたのは,この技術だった。そのおかげで,クレモナのストラディヴァリウスとその仲間の熟練工たちがかの有名な弓奏弦楽器(フィドル)をつくりだせたのだし,作曲家たちはバロック音楽をつくることができたのだ。
そういうわけで,弦づくりというのは革命的な職人たちだった。腸繊維を撚ること自体はさほど難しい仕事ではなかったが,なによりもまず原料を手に入れなくてはならない。今でこそ弦づくりはすっかり整えられた腸を買い入れるが,スチュアート朝時代は,職人たち自らが羊の腹の腸を取り出さなくてはならなかった。
そう,羊(シープ)である——猫(キャット)ではなく。ヴァイオリンの弦が“猫の腸(キャット・ガット)”と呼ばれることもあるが,弦づくりたちが猫殺しの階級出身などということはない。『ブリタニカ大百科事典』には,イタリア語でヴァイオリンは“キット”であり,その弦は“キット・ガット”,そこから“キャット・ガット”に変化したという説が示されている。初心者が弦楽器に弓を走らせたときにたてるキーキーいう音を考えてみると,その言葉があてはまったのも無理はないと思う。
トニー・ロビンソン&デイヴィッド・ウィルコック 日暮雅道&林啓恵(訳) (2007). 図説「最悪」の仕事の歴史 原書房 pp.204-205
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