ミルグラムの研究の詳しい内容が明らかになったとき,心理学部で話題の中心になったのは,被験者が被害者に対して予想よりもはるかに強いショックを与えることを厭わないという発見である。研究の倫理性について関心を持つ人は少なかったが,これは,当時,研究に何が求められていたかを考えてみれば当然である。心理学者たちは,実験室内では騙しをするのが常套手段となっていた。その実験内で被験者に与えた間違った情報を,後で「種明かし」することを考えもしなかったのである。実際,ベンジャミン・ハリスという心理学分野に関する歴史家は,被験者に実験のなかで与えた間違った情報を訂正し,安心感を与えるという実験後の手続きのことを「デブリーフィング」と呼ぶことを初めて印刷物のなかで使ったのはミルグラムである(1964年の論文のなかで)と述べている。
トーマス・ブラス 野島久雄・藍澤美紀(訳) (2008). 服従実験とは何だったのか---スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産 誠信書房 pp.146-147.
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