差し迫った問題は,それだけではない。19世紀に下水道の方式を決定した際に,まちがった決断をくだしてしまったのである。当時,下水道システムには2つの選択肢があった。1つ目は,下水汚物と雨水を別々に処理するもので,分流下水道と呼ばれる。2つ目は,合流式下水道といって,汚水も雨水も1つのパイプに集める。合流式のほうが,建設費が安くて,簡単に敷設できる。しかし,このシステムには大きな弱点があった。雨である。
下水道や下水処理場には,雨水タンクが設置されており,過剰な雨に備えている。そうすることによって,雨量が予想外に多いときにも,雨水を安全に蓄えることができるため,下水があふれることがない。しかし,ごく短時間に一定量以上の雨が降ると,雨水タンクでも対処できなくなる。すると,下水設備ではあらかじめ決められたとおりの処理が行われる。未処理の下水汚物混じりの雨水を,最寄りの水源に放流するのである。放流された汚水は合流式下水道越流水と呼ばれ,こうした措置をとることは,わりとよくある。ニューヨークでは,通常1週間に1度行われ,1週間の平均的な汚水排出量はおよそ189万キロリットルにのぼる。これは,オリンピック用スイミングプール2175個分にあたる。また,アメリカ全体では55億2600万キロリットルにものぼり,これがプールいくつぶんにあたるかは見当もつかない。「見てください」と,陽気なアイルランド人のケヴィン・バックリーが言う。「放流するか,さもなければ住宅の地下を洪水にするかなんです」。彼は,わたしを近くのジャマイカ湾にある雨水吐き口(合流式下水道の越流水を,河川などに捨てる放流口)まで案内してくれていた。雨天時には,ここからジャマイカ湾に汚水が流し込まれるのだろう。すぐそばには,「晴れた日に汚水が放流されているのを目撃した場合には,ニューヨークの非緊急時用ホットライン,311番に通報してください」と書かれた看板がある。
ローズ・ジョージ 大沢章子(訳) (2009). トイレの話をしよう:世界65億人が抱える大問題 日本放送出版協会 pp.87-88
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