でも,この日はそこからがちょっと違いました。急に携帯電話のダイヤルボタンを押しはじめたのです。その電話番号は,ある債務者の家族構成の欄に記されていたおばあさんの自宅電話でした。
「あ,オレだけど……。じつは金に困っちゃっておばあちゃんに電話したんだ。無免許で交通事故を起こしちゃってしはらいでもめてさ,40万円くらい振り込んでくれないかな?」
ユウチャンはそのおばあさんと何やら数分間ほど話し込んだ後,電話を切りました。そして,隣に座る僕に,上ずった声で話しかけてきました。
「おい明男,今のおばあちゃん,金を振り込むってさ(笑)」
「ええ!?嘘だろう。そんな簡単にいくかよ(笑)」
そんなわけないだろう,とみんながユウチャンの言葉に反応しました。最初は誰も信用していませんでした。
ところがその翌日,本当に40万円がライト信販の架空口座に振り込まれていました。
「うん,これは使えるな」
振り込みの数字を確認したユウチャンは,この手口は商売になると確信したようでした。
「明男,オレは今日1日,この方法でやってみるよ」
僕を見るユウチャンの目は,いつにない輝きがありました。
藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.49
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