翌日,ユウチャンの受け持つ口座にはさらに150万円が振り込まれていました。銀行通帳でその数字を確認するや否や,女のコ2人が速攻で動きました。それぞれが「紹介屋の出し」をペラペラとめくりだしたと思ったら,
「もしもし,私……」
とユウチャンと同じ手口で電話をかけはじめたのです。
(これは負けられないぞ!)
すぐに僕も続きました。
取りあえずは,ユウチャンの手法をそのままコピーしてやってみました。「紹介屋の出し」に記載されている債権者の実家をて適当に選んで電話をかけるやり方です。そのなかでもユウチャンと同じく,おばあさんがいる家庭を狙いました。先方が電話に出ると,
「あっ,オレだけど,バイクで事故を起こしちゃって。相手が高級車で示談金を要求してきて」
と,ここもユウチャンが話していたのとほぼ同じ内容を口にしました。
「あなた誰?トシユキじゃないでしょ。そんな話し方の子は,うちにはいません」
怪しまれたのでこちらからガチャ切りしました。すぐに次の電話番号をダイヤルします。
「もしもし?」
今度は細そうでやさしい声をした女性が出ました。
(やった。これはビンゴだ!)
さっそく名簿に併記されている名前を語り,「交通事故の示談金が必要」という作り話をしゃべります。
「母さん,どうしても70万円必要なんだよ」
「う〜ん。でも私はそんな金額,持ってないのよ。お父さんが帰って来たら相談するから,また夜にかけてきなさい」
せっかく騙せたのに失敗でした。振り込みをお願いする金額が大きすぎたのです。逆に考えるとへそくりで貯めているレベルの金額だと大丈夫な気がしてきました。すぐに次の電話に取りかかります。電話に出たのは,おばあさんらしき声の女性でした。
「おばあちゃん,明日の朝にどうしても30万円必要なんだよ」
「分かった。今日中になんとか送るわ」
「助かったぁ!本当にありがとう」
僕は電話を切りました。時計を見ると最初に電話をかけはじめてから5〜6分ぐらいしかたっていません。そんなわずかな時間の労力で,明日の朝には30万円が口座に入ってくるのです。
「おいおい,マジかよ。ユウチャン,これは本当においしいな」
「なっ,そうだろ」
ユウチャンが満面の笑みを浮かべて相槌を打ちました。
数時間後,このオフィスにいる全員が同じ方法で電話をかけていました。後に言う「振り込め詐欺」集団が,ここに誕生したのでした。
藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.50-52
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