僕が主に使った手口はこんな感じです。
振り込め詐欺は必ず平日の午前中,9時過ぎぐらいから11時前までに最初の仕込みの電話を入れます。これには2つの理由がありました。まずひとつは午前中に家に居るのは専業主婦か年寄りですから,社会で働いている人より騙しやすいことです。2つ目は午前中に仕掛ければ,その日のうちに振り込ませることができるからです。夜をまたいでしまうと帰宅した家族に相談したりしますから,成功の確率はずっと下がります。
仕込み電話のときは相手に電話が繋がってもこちらからは話しかけず,相手が話しだすのを待ちます。そして,その話し方によってこちらのキャラクターを相手に合わせます。
「もしもし,もしもし……!?」と相手がきっかけを出してこない場合は,ひたすらすすり泣く声を演じます。そこで相手が「ミツルなの?」などと固有名詞を出したらシメたもの。「うん,オレ」とミツルに成りすまします。
「キョウコ?」とか女のコの名前を出された場合は,「うん,わたし」と女声の声色を出してそのまま演じるか,「すみません,じつは僕,キョウコさんの彼氏なんです」とキャラを切り替えて話を続けます。
もちろんすべてがうまくいくわけではありません。「あなた誰?うちにそんな人はいません」と言われたら潔くガチャ切りをしていました。
仕込みで引っ掛けられたターゲットには,1時間以内に2回目の電話を入れます。
「あ,オレ。さっき頼んだ金,振り込みにいってくれた?まだなの?頼むよ,午前中までに振り込んでおいてよ」
という感じで再度プッシュします。そして,その数十分後に3回目の電話を入れます。この電話で誰も出なかったり,ほかの家族が電話に出れば問題ありません。相手は振り込みに出かけたという証拠ですから。逆に相手が出る場合は,まだ行動を起こしていないということですから「オレ,本当にヤバいから」と泣き脅しをします。それで振り込みがなかったときは,「結果が出なかった」ともうそこには手をつけません。でも逆に3回電話してモノにできなかったケースのほうがまれで,1回目の仕込みで引っかかった相手はほとんど逃すことはありませんでした。
午前中に勝負をかけるわけですから,1日に電話するのは僕の場合でせいぜい5件くらいです。そのうち1,2件が成功すれば“今日のノルマは達成”という感覚でした。
藤野明男 (2012). 悪魔のささやき「オレオレ,オレ」:日本で最初に振り込め詐欺を始めた男 光文社 pp.54-56
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